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DATE: 2012/03/26(月)   CATEGORY: NEWS
【TOP】NEWS & 更新状況
【更新情報(2012.3.26)】
★ミストレス・ノールの個展情報です

 ミストレス・ノール Mourning Objet Collection
 《バレエ詩集~半喪のパ・ド・ドゥ~ 》
 2012.5.4~5.14 *水曜日定休
 初台・画廊 珈琲 ザロフ

 長きに渡り敬愛してきたバレエへの追憶や夢想を閉じ込めた
 モーニング・オブジェのコレクション展です

 調香師・千代さまとのコラボレーション
 『Mourning Fragrance Book』も同時刊行します。

 →詳細はこちら




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ちひさな文藝キャバレー《霧とリボン》について
 当文藝キャバレーについての説明です

追憶、《霧とリボン》vol.2
2009.6.21に行われた「手袋とミントの葉」の様子を
まとめてご覧頂けます

追憶、《霧とリボン》vol.1
2009.4.12に行われた
「帽子屋と三月うさぎの気がちがったお茶の会」の様子を
まとめてご覧頂けます


《霧とリボン》プロデュースのトリンケット・ショップ
 《Tea Brooch Club》

主宰のミストレス・ノールのサイト
 プライベート・プレス《Club Noohl》


★《霧とリボン》及びミストレス・ノールのDMをご希望の方は
メール・アドレスとご住所をお書き添えの上
noohl@tokyo.email.ne.jp(ミストレス・ノール)までご連絡願います
メールのみのご案内をご希望の方はアドレスのみお知らせくださいませ
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DATE: 2009/10/02(金)   CATEGORY: Our Bookshelf
『ディキンソン詩集』
今後、《霧とリボン》のお茶席で取り上げてみたい本の様々を
「Our Bookshelf」に一冊ずつおさめていこうと思います







 小さくとも、思い高く、
 一本の花を、一冊の本をそだてるのだ。
 微笑みの種子を播き、――
 誰にも知られずに、花ひらくまで。

 .....『エミリ・ディキンスン家のネズミ』に収録されている
   ディキンスンの詩より(長田弘訳・みすず書房)





Emily Dickinson






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 悲しみのようにひそやかに
 夏が過ぎて行った――
 ついにあんまりひそやかなので
 背信とは思えぬくらい――
 ある静けさがにじみ出てきた
 すでにもうとっくに始まっているたそがれのように、
 あるいはひとり引きこもって
 午後をすごす自然のように――
 夕暮れは前より早くたれこめてきた――
 夜明けはよそよそしく輝いた――
 立ち去ろうとする客のように、
 丁重な、しかし胸しめつける優美さ――
 このように、翼もなく
 船の便もなくて
 わたしたちの夏は軽やかに逃げていった
 「美しきもの」の中へ。

                    [1540; c.1865]


 わたしは「美」のために死んだ――が
 墓に落ちつく間もなく
 「真」のために死んだ人が、横たえられた
 隣りの部屋に――

 彼はそっと疑問をもらした、「どうして失敗したんだろう?」
 「「美」のためよ」とわたしが答えた――
 「いやぼくは――「真」のため――けれどこの二つは一つ――
 兄弟だよ、ぼくたちは」と彼はいった――

 それで、ある晩会った、親類として――
 わたしたちは部屋ごしに話し合った――
 やがて苔が唇にせまり――
 おおいつくすまで――わたしたちの名を――

                    [449; c.1862]


      .....『対訳 ディキンソン詩集』亀井俊介編(岩波文庫)より




生涯の大部分を生まれた土地マサチューセッツ州アマストの家の中で過ごし、生前は無名のまま詩作を続けたエミリ・ディキンソン。彼女の詩は、ひとりひっそりと読むことが似合いますが、《霧とリボン》のちひさなお茶席は、どこかしら、ディキンソンが過ごしたお部屋に似通ってはいないかしら・・・と、秋の静かな雨の日などは、紅茶を傍らに頁をめくりながら、ふと思います。

「小さくとも、思い高く」「誰にも知られずに」ひらかれるお茶席に、ディキンソンの詩はどのように響くのでしょう・・・
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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....雨音とともに
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6月21日、雨音とともに開催された
霧とリボンvol.2
「手袋とミントの葉」は
お陰様で盛況のうちに終了いたしました

お越し下さったご婦人の皆様
本当にありがとうございました!
窓を打つ雨音がやさしく響く
しっとり麗しい会となりました







→会場:ヴァニラマニア

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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....麗しきE女史より
仕掛け絵本の蒐集家でいらっしゃるE女史は、gunne saxの清楚で美しいヴィンテージ・ドレスをお召しでした。静かに時間を紡いだ上質のコットンとレースそのままのやわらかな所作は、霧とリボンの室内にやさしい空気を・・・。ご自身のブログに綴られた日記をお写真共々そのまま転載させて頂くご許可を頂戴しました。

★ちひさな秘密のお茶席★

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まだ少女であった頃。引き出しに大切にしまい、時折取りだし、手にしてはうっとりと見つめた小さな宝物。リボン、レース、輝く石、貝殻、カードやブローチなどの異国のお土産。そのときめきが蘇る、お茶会でございました。

誰にも教えたくない、自分だけの秘密にしておきたい。参加されたご婦人方が、皆さまそうおっしゃっておりましたこともあり、少しだけご紹介を。

銀座の裏路地に面しました、とある小部屋。この集いのためだけに設えられました、美しい空間。

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招かれましたのは七名の婦人。手袋、ミントの葉、そして清々しい二十年代ロンドンの六月をテーマとした、朗読と洋菓子を楽しむお茶席です。この日、朗読をいたしましたのは、「手袋を買ってくるわ」という一節からはじまるヴァージニア・ウルフの短編、《ボンド街のダロウェイ夫人》。

子供の頃、母の箪笥の引き出しからこっそり取りだし、小さな手を入れては貴婦人になったかのようで一人悦に入っておりましたレースの手袋。蜘蛛の糸のように細い絹糸で編まれた手袋が、なんとまだ実家には残っておりまして。指を通すのも難義なほど繊細な、その手袋を着けまして参加をすることに。

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まず、食前のドリンク、『子供時代を呼び戻すミントの葉たっぷりのノンアルコールカクテル “Drink Me” 自家製グレープフルーツシロップの炭酸水』、そしてフォートナム&メイソンの紅茶と共に供されましたのが、空色のCasketに詰められました洋菓子。

蓋を開け、薔薇のプリントの薄紙を取りますとそこには、『ハチャード書店の張出し窓の前でミリィに買ってあげようと思った《クランフォード》のビスケット』、『六月の英国に咲き乱れる エルダーフラワーコーディアルのグミキャンディ ラズベリー&ローズ風味添え』…。

どれも食べてしまうのが本当に惜しまれるほど、手の込んだ、そしてたいそう美味なる洋菓子。

会話とお茶、お菓子をゆったりと楽しみました後、いよいよ朗読会。人前で朗読をするなど、高校生以来ではないでしょうか。少々どきどきの朗読も恙無く終えまして、また楽しい語らいが再開。テーブルには、ミントとレモンを添えた紅茶とともに、『クラリッサのように背筋がぴんと伸びそうな 黒こしょうとチーズのビスケット』、『セント・ジェイムズ公園の木々の葉のような うすみどりいろの冷製スープ』、などなど。そして、『沈黙という花言葉を持つハーブ水』。

楽しい時間はあっという間に過ぎまして、時計を見ましたらお茶会が始まりましてからすでに四時間半ほどが経過。

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お土産に、と手渡されましたのは、リボンの持ち手も美しいブルーのバッグ。中にはこの日の想い出がいっぱいに詰められたCasket。

ご挨拶のお手紙、お招きの証である藤色の絹のリボン、白い手袋のビスケット、限定7部の蔵書票、等など。全てがこの日招かれたたった七名の為に用意されたもの。なんという贅沢。

主催のNさんの美意識、博学多識、そして心遣いが隅々にまで満ちたお茶席。窓際や、飾り棚には、ヴァージニア・ウルフの肖像、当時の書籍、コレクションされているという、アンティークの白い鞣革の手袋や、その手袋を華奢な手にぴちっと装着するために使われる、珍しいお道具類なども。

機会がございましたら、また是非お招きいただきたい。でも、限られた人数。他にご希望の方がいらっしゃるのなら、お譲りするのがレディーのマナーかしら、と心がゆらゆらと揺れております。

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過分なご感想をありがとうございました!

ちひさなこだわり・・・普段の生活ではなかなか伝わらない物事であったりします。ちひさいゆえにもろくはかなく、見過ごされたり(時には必要ないよ、と言われたり)することもしばしば。
霧とリボンには、そんな風に傷つきやすいちひさなこだわりを妥協なく編み込んでおります・・・。こうして、皆様からご感想を頂戴するたび、「伝わること」の麗しさにひとり打ち震えている次第です。

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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....1
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ローラ・アシュレイでみつけたおおきなポット型の黒板を看板に・・・


手袋とミントの葉、そして雨・・・

お出かけのご婦人の皆様には
ご不便をおかけしましたが
やさしい雨音に見守られて
霧とリボンははじまりました


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オープン前の室内、皆様をお待ちするわれらが美しき女主人Mrs Dalloway!
ヴィンテージのコットンワンピースにミテーヌを着けた二十年代風の装いで



ご婦人の皆様をお待ちするひとときは
室内に心地よい緊張感が漂い
ダロウェイ夫人のように「背筋をぴんと伸ばして」
だんだんと近づいてくる誇らしい時間の到来に
こころを躍らせています

胸元の大切なロケットペンダントを
そっとひらくように
霧とリボンの扉も
やさしくひらかれますように・・・


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ヴァージニア・ウルフのように御髪を結って・・・
奥の写真は1902年に撮られた20歳のヴァージニア



これから始まる時間は、
まるで浜辺の子どもたちに向かってほとばしり出たかのように、
みずみずしかった。
(ヴァージニア・ウルフ「ボンド街のダロウェイ夫人」
『壁のしみ 短編集』川本静子訳・みすず書房・1999より)



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ちいさな額の絵画はヴァージニアの姉である画家ヴァネッサ・ベルによるもの


より快適におくつろぎ頂けるよう
今回よりシートクッションをご用意いたしました


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シートクッションのリボンが並んだ風景
クッションはsawi slikses女史のお手製です



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霧とリボンvol.2「手袋とミントの葉」DM
一枚一枚、リボンと頭文字《K》の封蝋を・・・


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DMをひらいたところ
薄紙にはメニューが刷られています



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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....2
「奥様のお手はとてもほっそりとしていらっしゃいます」
と女店員は、手袋をしっかりと、するすると、
クラリッサの指輪をはめた指の上にはめていきながら言った。
(同前より)



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アール・デコの手袋を象った飾りをリボンとともに・・・


今回テーマとした物語は
ヴァージニア・ウルフの短編
《ボンド街のダロウェイ夫人》
室内の其処此処に
物語にまつわるあれこれを・・・


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普段はヴァニラマニア文庫として
珍らかな本が並んでいる書棚には
手袋や手袋を装着するための道具類
物語に登場する本などを陳列しました


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左の革製グローブ・ボックスはアイルランド製、二十年代当時のもの
蓋裏には象牙のグローブ・ストレッチャー
ボックスには仏蘭西製の刺繍美しいキッドやシルクの手袋が五揃収納されていました
クラリッサのようにほっそりとした手の貴婦人が想像されます
丸い額の中には、英国で薔薇の神様と呼ばれる
デビット・オースチン氏の薔薇《ダーク・レディ》の写真を


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フィルと彼女は黒婦人(ダーク・レディ)について
一日じゅう議論し合っていた。
するとディックがその夜、夕食のとき、
黒婦人のことなど耳にしたことがなかった、
と率直に言ったんだわ。
実のところ、
だからこそディックと結婚したのよ!
(同前より)



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手袋にまつわる道具類とともに
シェイクスピア『The Sonnets(ソネット集)』
シェリー「アドネーイス」が収録されている『英文学の三大哀歌』など


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黒檀に純銀の装飾のあるグローブ・ストレッチャー(1913年ロンドン製)
手袋の指を一本一本、この道具でひろげてから装着します
・・・優雅な時代でございますね


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ボタン・フックは手袋だけでなく
ドレスやブーツのボタンをかける時にも使用されていました
ホタンホールからボタン・フックを挿入し、ボタンを引っぱり出してかけます
映画『テンプルちゃんの小公女』でも
ボタンフックを使ってブーツを履いているシーンがありましたね


ミリィに買ってあげるような何か安価な本が
あるにちがいないわ――もちろん『クランフォード』ね。
(中略)
いまの人たちにあのたぐいのユーモアがあったら、
あのたぐいの自尊心があったら、とクラリッサは思った。
(同前より)



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『ダロウェイ夫人』の洋書古書
ギャスケル夫人『女だけの町(クランフォード)』の古書
(小池滋さんの素晴らしい翻訳で読むことができます
いつの間にか殿方がいなくなってしまう、
不思議で浮世離れした、思わずくすっと笑ってしまう
純真で気高い町のお話です♪)
額にはボンド街の絵やヴァージニア・ウルフの写真などを






Essay
《フェティシズムとタナトス》

Mistress Noohl



幼いころからなぜか、装身具や衣服に対して異常な執着心がありました。でもそれは「おしゃれ」の文脈ではなく、どこまでも純粋な(ということにしておきましょう)モノに対する愛着……フェティシズムでした。いまもその調子は変わらず、自室にはこの小部屋を出ることのないあれこれがキャビネット他に整列中、夜などはヴィクトリア朝時代のドレスをまとったトルソにドキっとしたりします。霧とリボンで思いがけずご婦人の皆様のみ前に……なんだかちひさな秘密をこっそり聴いて頂いたような気分でした。                         

フェティシズムという感覚に対してわたくしが強く抱くのはどうやら、エロスよりもタナトス(死)のようです。       

どのようなものも限りある存在なわけで、いつかは消えてなくなってしまうわけですが、死とは、物理的に存在が去ってしまった後もその存在の情緒や記憶を留め、それを未来へと伝えてゆく意志を持ったもの、美しさややさしさ、静けさをたたえたものなのだわ……と、いつしか、長い時を経て届けられたモノたちから感じるようになりました。                  
色褪せ、傷んだレースやほつれた糸を持つ装身具や衣服……傷つきながらも長い時間、人から人へと大切に受け継がれてきたそれらには、沈黙の中に多くの詩(そして死)が保存されています。この詩情は「時」なくしては成立いたしません。そして、その詩情を奪うのもつなげてゆくのもわたくしたち次第……「時」という審問官が常にわたくしたちに問い続けてきた嘆きです。    
日々街を歩きながら思うのは、此処には「死」ではなく「破壊」しか存在していないのではないかしら?ということ。同じ「消失」でも、「死」と「破壊」とはまったく別物……破壊は、物理的な存在とともにその記憶や情緒も全て消し去ってしまう行為……ゆえに墓碑銘や弔う気持ち、祈りの風景もありません。建物の消失とともに街の記憶は抹殺され、顔のない、表参道にいても六本木にいても大差ないような、刹那的な場所が増えているように思います。それが現代という意味ならばやはり、「モダンであることなかれ!(霧とリボンの標語)」と、墓碑銘を其処此処に刻んでまわりたくなります。                         


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伝統を継承し、
次代へ手渡す者の気概を込め、
規律と苦悩を熟知する者として、
誇らかに背筋をぴんと伸ばした。
(同前より)


見知らぬ人の古い装身具に触れた時……そこから美しく繊細な物語(記憶)が立ち上がってゆく馨しさを感じます。と同時に、悠久の時の流れの尖端が自分の手の中にあり、たとえちいさな存在であっても自分もそこにつながっているという厳粛な気持ち、そして、受け継いだものをまた誰かへとつないでゆく気概……「所有」という行為の気高さを実感します(そんなわけで、シンプルライフとは無縁、モノであふれかえることの言い訳かもしれませんが……)。                       

「死」とは、時とともに生き続ける美意識。霧とリボンのちひさなお茶席が、時という審問官が安心して身をゆだねることができるひとときでありますように……              






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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....美しきMadam Mより
前回の「帽子屋と三月うさぎの気がちがったお茶の会」にもお出で下さり、ご感想をお寄せ下さったマダム・Mより、まるでダロウェイ夫人の一節のような、こころふるわす御文を今回もお寄せ頂きました。銀粉が舞うごとく繊細であでやかな黒レースのショールと胸元のコサージュがひときわシックな装い、エレガントな佇まいは常に皆の憧れ・・・。お撮り下さったお写真とともにお届けいたします。





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ダロウェイ夫人をご存知だろうか?
私は、残念なことに(本当に、心から)このバージニア・ウルフの傑作を知らなかった。

ミストレス・ノールのパーティの朝、東京は激しい雨が降っていた。こんな雨で大丈夫かしら(もう少し梅雨の晴れ間の爽やかな日ならよかったのに)と、服を選んだり、お化粧をしたり、銀座に着く頃には、雨はいつしか小降りになっていた。

小さなバーの入り口には、もうすでに「ダロウェイ夫人」の気遣いが。飾られた薄紫のカードと、雨に濡れた客のために、清潔なタオル(これは多分、女主人の気遣いだけど、この日ばかりは、ダロウェイ夫人の気遣いということで)。

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思った通り(いいえ、それ以上に)女主人と、2人の小間使いは、今回も素敵な愉しみを用意してくれていた。

いつもの淑女方のお仲間に入る為の儀式(まるで女学生の頃の、ちいさな約束のような)。薄紫のシルクのリボンを手首に巻いて、ひめやかなお茶会が始まる。

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クランフォードのビスケット、本のかたちね。しかも革張りの装丁かもしれないわ(それほど立派なビスケットだったから)。
こちらの赤い、そう、サマー・プディング!ずっと私、「鏡の国のアリス」に出てくるパンプディングに憧れていたの。
それにしても、このブローチ(模造品かそれとも、高価な石を使った時代もの)のお菓子のかわいらしいこと。海緑色って、どんな色なのか想像したことはあるかしら?

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雨が降っているせいか、湿った空気の中の朗読がなんとも心地よい。ここは、本当に銀座なのかしら。外に出ればセント・ジェームズ公園の緑の木々がゆれているようで。

ミントの絵柄(女主人は、朗読をする冊子の頁に、可愛らしいミントを捺していた)まで朗読したら次ぎの方へお回しください。物語はボンド街の坂を上り、静かな部屋の中を白いドレスと帽子の、ダロウェイ夫人が横切る。

6月というキーワードにこれほど似合う作品があるだろうか。






ご感想、ありがとうございました!

一冊の書物を紐解く時・・・これからはじまろうとする未知の世界を察知して指先がかすかにふるえます。それは大人になった今も変わることはありません。表紙をめくる行為はそれほどまでに読む者の全てをとらえてはなさない儀式・・・そして、一枚一枚の頁に刻印された遥かな物語は、読まれることでふっと息を吹き返します。その哀感、頬をすっと撫でるように流れる情趣、皮膚の下の血を青白くさせる美感・・・書物という閉じられたオブジェに綴じられた豊穣は、紐解かれるたびに新しい意味を持つような気がいたします。

霧とリボンも、一冊の書物でありたい・・・ひとつの物語の表紙とともにそっと扉が開かれ、扉向こうの小部屋が、その物語の挿絵を描くように美しく豊かに色づき、やがてやさしく閉じられる・・・。訪れたご婦人方のこころの奥深くにひとときの秘密がいつまでも綴じられ、追憶の景色の中に、名もなきちひさな花を咲かせることができますよう・・・
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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....3
はじめて『ダロウェイ夫人』を読んだ時に感じた色は
清々しさのうちに少しの蔭を宿す
やわらかな品のあるモーヴ色でした

入口にて片腕に結ぶ儀式のリボンも
モーヴ色に・・・


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モーヴ色のシルクリボンと『Mrs Dalloway』の古書
Virginia Woolf, Mrs. Dalloway, Harcourt Brace Jovanovich, Publishers, 1981



静岡からいらしたT女史は
お目文字のしるしにと、抹茶キャラメルをご婦人の皆様へ
美しいレモン色の萩の紗合わせをお召しで
雨ゴート姿も粋でした
雨の日の着物姿・・・風情あります


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はじめて頂いた抹茶キャラメル
とても美味しかったです♪





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ミネラル水

をお出しした後は食前のドリンクです

午前十一時、これから始まる時間のようにみずみずしい
「黄金色の葡萄酒」
ドミニク・ローラン(2000年)


または

子供時代を呼び戻すミントの葉たっぷりのノンアルコール・カクテル
「“Drink Me”自家製グレープフルーツシロップの炭酸水」



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黄金色の葡萄酒・ドミニク・ローラン(2000年)
葡萄酒は今回も菫郎女史のセレクション
香りもお味も初夏の午後にぴったりの清々しさでした



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Drink Me自家製グレープフルーツシロップの炭酸水
ホワイトグレープフルーツと二種のミントで作ったオリジナルシロップをベースに
フレッシュペパーミントもたっぷり入れて爽やかに・・・




一枚のミントの葉とか青いふちどりの茶碗が、
こども時代を呼び戻すのだ。
(同前より)

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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....4

通りに出ると、
ちょうど国会議事堂の大時計(ビッグ・ベン)が
時刻を告げているところだった。
(同前より)




★キャスケットに詰められた洋菓子“Eat Me”★


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ペパーミント色のキャスケットに洋菓子を詰めて
Eat Meラベルはビッグ・ベンを象って


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右下から時計まわりに

六月の英国に咲き乱れる
エルダーフラワーコーディアルのグミキャンディ
ラズベリー&ローズ風味添え

ご婦人方が海緑色のサテンの衣服につけていた
小さいブローチのフィナンシェ
抹茶風味とアプリコットジャム添えの二種

クラリッサの肘まで届かなかった、フランス製の
白い手袋のビスケット

フィルとクラリッサが一日じゅう議論し合った
黒婦人(ダーク・レディ)のチョコレート
ローストアーモンド添え
スイス・カルマ社のクーベルチュールのみを使用

ハチャード書店の張出し窓の前でミリィに買ってあげようと思った
『クランフォード』のビスケット

ギャスケル夫人の本を象って


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ダロウェイ夫人、そして
ヴァージニア・ウルフも立ち止まったであろう
ハチャード書店の張出し窓


ハーブコーディアルはもともと、ハーブをアルコールに漬けた飲み物だったとか・・・英国伝統のコーディアル、暑い季節に頂く炭酸水割りは殊の外美味です。

コーディアルといえば、『赤毛のアン』でアンがいちご水と葡萄酒を間違えてダイアナに飲ませてしまったエピソードを思い出します。「いちご水」と訳された想像をかき立てる飲み物の原語は「Raspberry cordial」。幼いころ、どんなにかこの「いちご水」に憧れたことでしょう! 女学生になって『赤毛のアンのお料理ノート』という素敵な本に出会い、念願かなって手作りしました。そう、それはまるで、少女という存在をそのまま閉じ込めたようなお味でした。

はじめて作り、味わったいちご水・・・そのころ大好きだった少女に壜詰めのいちご水をプレゼントしたくて、母や妹に何度も味見をさせたり、お手製のラベルなども作って用意したのですが、ついに勇気がでず、家の冷蔵庫でさみしそうに減ってゆきました・・・懐かしい思い出です。

今回は、英国に夏を告げるというエルダーフラワーのコーディアルでグミキャンディを。ちいさな白い花の群、可憐なエルダーフラワーをお茶席の室内にぜひ飾りたいわ!と、はりきって苗を取り寄せお庭で育てていたのですが・・・葉は勢いを見せていますがいまだ花の咲く気配はなし。此処TOKIOの路地裏にて、(永遠にやってきそうもない)英国の夏の到来を夢見るこのごろです。


And summer's lease hath all too short a date:
又、夏の期限が余りにも短いのを何とすればいいのか。

(シェイクスピア『The Sonnets』吉田健一訳より)




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キャスケットが運ばれたテーブル席
繊細な白レースの手袋がお着物に映えます
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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....5

ダロウェイ夫人にとってだけ、
この瞬間は完璧だった。
ダロウェイ夫人にとって、
六月はみずみずしい月だったからだ。
(同前より)




★紅茶★
おかわり自由、ストレートもしくはレモンとミントを添えて
さわやかなセイロンの紅茶



今回はフォートナム&メイソンのセイロン・ブレンド・ティ
その名も「アフタヌーン」をおだししました


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フォートナム&メイソン「AFTERNOON」


清々しくお召し上がり頂けるよう
ミルクとお砂糖以外にレモンとペパーミントも添えて・・・
(レモンは国産・無農薬・ノーワックスのものをお出ししました)
さわやかな初夏の風味になります♪


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ご婦人方がひそやかに談笑されるお声に交じって
カップをソーサーに置いた時のかわいた音
スプーンが磁器にふれる硬質な音などが
ほんのかすかに室内に響きます・・・

遙か遠い時代からずっと、さまざまな場所で
お茶席にあり続けたこの心地よい空気感、
まるで音のアンサンブルが豊かな静寂を約束しているような
何か、確かな道理が物事の背景にしっかりと息づいているような・・・
過去の時間が現在を支えている実感、不思議な安堵を覚えます


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紅茶の時間・・・
それは、味わうことの馥郁たる意味が綾なす時間です





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Catherine of Braganza(c.1660)
英国の宮廷にお茶を楽しむ習慣を伝えた、
ポルトガル王家ブラガンザ家のキャサリン
(イングランド王チャールズ二世の王妃)


お陰さまで2009年のいま、英国紅茶の恩恵にあずかっています♪


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An English family at tea(18世紀初頭)

ティ・ボウルで召し上がっている模様です


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午後のお茶会をはじめた
第七代ベッドフォード公爵夫人アンナ・マリア(19世紀初頭)


当時の情景を想像するだけで芳しい気持ちになりますね!


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Kate Greenaway, Under The Window(1878)
「お茶目な小間使いのフィリスちゃんは
ベリンダさんをお茶にまねきました
木陰のすてきな このお庭ほど
たのしいとこってあるかしら?」
(白石かずこ訳・ほるぷ出版より)


女学生のころ、ケイト・グリーナウェイのこの絵本が大好きで
親友の女の子たちと真似してお茶会をしていました・・・
(そのころから何も変わっていない自分に改めてビックリ)
欧羅巴の優雅に憧れつつも素朴を逸脱できない自分たちの現実が
可笑しいやら哀しいやらで・・・

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1894年ロンドン・ピカデリーにオープンした
《ライアンズ・ティ・ショップ》
ニッピーと呼ばれていたウェイトレス


ユニフォームが可愛いですね♪


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カウンター内の
《霧とリボン》の二人の小間使ひ(2009)


霧とリボンも、可愛いでしょう?
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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....6
雨降りの室内には
いつもとは違う独特の光が差し込んでいました
金色の光が一万一千本の雨の弦を揺らしながら
やっと此処へと辿り着き
そうして届けられた光はたいそうやわらかく
室内に眠っていた記憶をゆっくりと
呼び覚ましてゆくようです

そこはかとない哀惜ただよう雨と光の調べは
オルフェウスの墓碑からもれくる琴の音のよう・・・


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ジャン・デルヴィル《死せるオルフェウス》


トラーキアの女たちは彼(オルフェウス)の屍体を
ばらばらに解き、川の中へうち込んだ。
それらはやがて海に入ったが、
彼の頭部と竪琴とは波に浮んで、
やがてレズボス島に漂着したという。
その島人は彼の死を知ってふかく悼み、
墓をきずいて葬った。
その墓からは、時に琴の音が
かすかに響いて聞こえたといわれる。

(『ギリシア神話』呉茂一・新潮文庫より)





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朗読会がはじまりました


手袋を買ってくるわ、
とダロウェイ夫人は言った。
(同前より)



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「ボンド街のダロウェイ夫人」朗読用冊子
順番にまわして朗読しました



これまで何度も読み返してきた物語ですが
これほどまでに美しい物語だったとは・・・!
ご婦人の皆様とともに朗読してみて
はじめて気づきました

ダロウェイ夫人の息づかい、
ボンド街、
二十年代のロンドンがまるで
此処によみがえったかのよう
物語の光と蔭が、肌をしずかに高揚させます

フィリップ・グラスの音楽美しい
ダロウェイ夫人をめぐる映画
『めぐりあう時間たち』を思い出していました
ヴァージニアと姉ヴァネッサの、
ローラ・ブラウンと友人キティの、
少しの罪深さと哀しさを持つゆえに
冴え冴えと澄み切った
接吻の場面を・・・


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ご婦人からご婦人へと
接吻のように手渡される
ダロウェイ夫人の物語・・・
嗚呼、なんてなんて麗しいのでしょう!

雨音が伴奏のように
ひめやかな声の旋律を支えていました





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ヴァージニア・ウルフ『壁のしみ 短編集』
川本静子訳・みすず書房・1999
今回朗読した「ボンド街のダロウェイ夫人」が
収録されています


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The Complete Shorter Fiction of Virginia Woolf
「ボンド街のダロウェイ夫人」原文が
収録されています





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マイケル・カニンガム『めぐりあう時間たち』
高橋和久訳・集英社・2003
ダロウェイ夫人をめぐる三人の女性の物語



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映画『めぐりあう時間たち』
監督は『リトル・ダンサー』で鮮烈にアダム・クーパーを登場させた
スティーブン・ダルドリーです
何度見ても、号泣!
ミセス・ブラウン役のジュリアン・ムーアが殊の外素敵♪
原作とは少し造形が違うのですが
空虚なムードにこころが締め付けられるのです・・・
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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....7

★ティプレートの洋菓子とスープ★


Tea Plate


ヴィクトリア朝時代から続く伝統のお菓子
サマープディング
伝統の配合であるラズベリーと赤すぐりでつくりました
生クリームを添えて


クラリッサのように背筋がぴんと伸びそうな
黒こしょうとチーズのビスケット
オランダのエダムチーズを使用

六月の日射しを受けた
パイナップルのミント風味

ラベルも可愛い、3-タンネンのキルシュワッサーも少々

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セント・ジェイムズ公園の木々の葉のような
うすみどりいろの冷製スープ

枝豆風味
野菜ブイヨンから手作りしました
(化学調味料不使用)



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うすみどりいろのスープが運ばれたテーブル席



「プディング」といえば、デザートのちいさな甘いプリンのことだとばかり思っていたわけですが、英国の小説によくでてくるプディングなるものはどうやら別物(もしくはもっと意味の広いもの)らしいわと、ある頃からうすうす感づきはじめました。例えば、

「うちの女中頭はどうしても、新しいやり方をしたがって困るのですよ。でなければ私言ってやるんですがねえ。私が子供の頃は、父のしきたり通りに従ったものだ、『スープが出なけりゃ、プディングは出ない。プディングが出なけりゃ、牛肉は出ない』とね。いつもスープから食事を始めたものでしたよ。その後で肉と一緒にスープで煮た脂つきのプディングを食べました。」(ギャスケル夫人「女だけの町」小池滋訳・『世界文学全集14』収録・筑摩書房・昭和42年より抜粋)

また、クリスマス・プディングなるものの見た目もどーんと大きく、切り分けられたプディングにコインや銀の指ぬきが入っていて一喜一憂するシーンは小説や映画の定番です。

ジュリー・カレンさんの『英国伝統のホームメイドお菓子』(河出書房新社)に寄れば、「プディングの歴史は1世紀頃までさかのぼると言われており、動物の腸などに肉や内臓、血を詰めたソーセージのようなものでした。(中略)17世紀頃のプディングには肉とフルーツ類の両方が入っていましたが、時代の流れとともに流行や味の好みも変わり、18世紀頃には甘いスイートプディングと塩味系のセーボリープディングに区別されるようになりました。」

『女だけの町』を読んだ時、「あ、脂つきのプディング???」と思いましたが、これはセーボリープディングというわけです。調理法も時代とともに、茹でる(ボイルドプディング)、蒸す(スチームドプディング)、焼く(ベークドプディング)とヴァリエーション豊富に。また、スイートプディングの種類が増えてゆくことにともない、「プディング」がお菓子全般を意味するようになったそうです。


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昨年のクリスマスに作った
栗のスチームドプディング


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シェリー製の古い型でつくりました


そして英国の代表的な夏のデザートである「サマープディング」。「サマープディングが考案されたのは19世紀末で、この頃から冷たいものをコールドプディングと呼ぶようになってきました。」(同前より) 薄切りの食パンを型のまわりに貼って(霧とリボンではちいさなシリコンマフィン型を使用)、その中に砂糖で煮たフルーツを入れてさらにパンで蓋をし、冷やして頂くという、なんとも不思議なデザートなわけですが・・・

告白すれば、サマープディングを初めて食べたのはなんと、今回の霧とリボンのために試作した時でした・・・ずっと前に英国を旅行した時は寒い寒い春先で「サマープディング」の気配もなく、日本でも食べる機会がまったくありませんでした。ですから、今回のこのお品・・・果たして本当にサマープディング?! かどうかは神のみぞ知る、です。でも、けっこう美味しくて、素朴ながらもくせになるお味なのですよ・・・(自分の英国魂を信じよう。)






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窓辺に飾った香水壜とガントレット(大きなカフス)のある手袋




Essay
《手袋のフェティシズム》

Mistress Noohl



クラシックな洋装(女装)を好む者にとって、帽子と手袋は殊に憧れの存在。わけても手袋は、手という普段は隠されることが少ないおおらかな存在を覆い隠す装身具なだけに、かえってエロティシズムの香りを漂わせています。それも、少し窮屈なぐらいにサイズがぴったりと合った、わずかな指の動きさえも他人の視線にさらしてしまう様子、隠すことでかえって何かを露わにするそんな気品こそが、手袋の本質のように感じています。    

しなやかさと張りをあわせ持つキッド(子山羊)の白手袋はとても薄く、まるでもう一枚の皮膚のように肌に吸い付いてきます。マットな深い乳白色で覆われた手指は、清冽なようでいて残酷、真綿のやさしさとナイフの鋭さで慎ましく詩を紡いでいくようです。命のないところにたましいが宿る人形の、切断され、投げ出された手首のようでもあります。真珠の釦はさしずめ、泪のひとしずくでしょうか。正統であるがゆえに背徳を感じてしまう、罪深い白です。                       

サラ・ウォーターズ原作、BBCが制作したドラマ『荊の城』では、古い城館に住む令嬢モードが、伯父の稀覯本を扱うために上質のフランネルの手袋を身につけていました。その華奢な手で頁をめくるシーンは、彼女の息づかいが手袋によっていったんは遮られつつもしずかに頁へと洩れてゆくようで、胸が高鳴ります。

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手袋を身につけるモードと侍女スウ

手袋の着脱は、「私」という境界の着脱のようでもあります。一本一本、指先から手袋を丁寧にひっぱり上げ、脱ぐ行為を整えてゆく姿はまるで、祈りに従事する修道女の美しさ……目の前で美しい女性が手袋を脱ぎ始めたら、その淫らなまでの麗しさで気絶するかもしれません。まだぬくもりを留める手袋は、その人自身の抜け殻。柩に納めるようにそっと祈りを捧げます。     

ふとしたはずみで、飾り棚から絨毯敷きの床へ落ちてしまった片手袋……その姿はなんという痛ましさでしょう。エレガンスの極み、とでも呼べるほどの悲痛がそこにあります。表面には着脱の跡である少しの歪みを留め、内側には、空虚への戸惑いとともに、充填されることを無言のまま切望する哀感。対であることを望みつつも、孤独をしずかに受け入れる品性。嗚呼、それをどうして元の場所へ戻せましょう……あまりにもその風景は美しすぎるのです。                        

アンティークの手袋、その古びた様子は封印された手袋の嘆きの歴史そのもの。古い革の匂い、色褪せた縁取り糸、長い間手のぬくもりを忘れた凍り付いた感触……やさしく揺り起こせば様々な物語を語りはじめます。手を入れるとその手は誰かの手の記憶に触れ、戸惑いつつも手袋に導かれるままにゆだねれば、その先で一度は死んでしまった手袋の息が肌をかすめます。こうして手袋の疵は、身につける者の疵と共に治療されてゆくのです。   

煎じ詰めて唐突にまとめに入ろうとすれば、手袋へのフェティシズムはとどのつまり、皮膚を覆い尽くしたい、皮膚をくまなく隠したいという欲望の象徴です(これは思春期に突発的に生じた欲望で、或る夏の日、急に、半袖を着ることができなくなりました)。手袋はその最終仕上げ、儀式の締めくくりなのです。  

手袋、この誇り高き装身具がいつまでも我が人生に寄り添ってくれますよう……  





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グローブ・クリップ
手袋をクリップではさみ、付属の細鎖でバッグに留めます


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古い時代のバッグには
裏側に手袋留めがついているものが多くみられます



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Tasha Tudor, A is for ANNABELLE
ターシャの絵本の中に描かれていたグローブボックス
ボタンフックもありますね♪
(「GANTS」は仏語で手袋の意です)
グローブボックスの鎖編みのような取っ手はどうやらスタンダードなもののようです



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保持している二十年代ダブリン製のグローブボックス
こっちの取っ手もターシャと同じ、鎖編みみたいな形状です♪
特殊な形状なので何か意味や由来がありそうです






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ボンド街と手袋を題材に制作した額絵
菫郎女史から頂いた美しいクロモスと一緒に・・・
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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....8

★ちいさなスタンドの焼菓子★

三種
ピスタチオ添え
抹茶とチョコレート
ヘーゼルナッツ風味



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この日はちょうどMidsummer、夏至の日でした
長い日も少しずつ傾きはじめ、
よりいっそうやわらかく室内を包んでゆきます

終了までの時間は自然に輪になって
思い思いに談話を楽しまれていらっしゃいました


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最後のメニューは


★沈黙という花言葉持つハーブ水★
ラヴェンダーに少々のレモンバームを加えて水出ししました


お茶席の終わりとともに訪れる沈黙・・・
おひとりおひとり、家路へと持ち帰る沈黙は
どんな色合いなのでしょう

ひとりきりの時間の象徴である
沈黙の美しさが背景にあるからこそ
霧とリボンのお茶席もますます
色づいてゆくように感じます・・・




ラヴェンダーといえば、『アンの青春』に登場するミス・ラヴェンダー! 森の中の「山彦荘」に風変わりな少女シャーロッタ四世と住んでいます。アンとダイアナが道に迷い、思いがけず「山彦荘」に行き着いた時、ミス・ラヴェンダーはお客様の予定もないのにお茶会がさもこれからはじまるかのようにお料理を作り、テーブルを飾り、身なりを整えていました。

「ダイアナは内心、ミス・ラヴェンダーは噂にたがわぬ変人だと思った。子供じゃあるまいし、四十五にもなって、ままごとをするなんて!(モンゴメリ『アンの青春』村岡花子訳・新潮文庫より)」 一方アンは喜びをこめてこう叫びます、「まあ、あなたも、いろいろ想像なさるんですのね(同前より)」と。ミス・ラヴェンダー曰く「もちろん、わたしのような年の者がばかなこととは思いますけれど、人に迷惑をかけるわけではなし、ばかげたまね一つできないなら、こうして独身(ひとり)ものでくらす甲斐がないではありませんか?(同前より)」。

ミス・ラヴェンダーのように暮らしたいわ!と真剣に思ったものです・・・彼女の年齢に近づきつつある今、ある面で夢が叶ってしまっているのが幸福なのか悲哀なのかは不明ですが・・・

ミス・ラヴェンダーには、若い頃に結婚の約束をしたものの、ちいさな喧嘩が原因で結婚が叶わなかった男性がいました。物語の後半で目出度く結婚を果たしますが、ひねくれた子供だったのでしょうか? この展開に心底がっかりしてしまいました。まるで甘やかな夢から醒めてしまった気分。

森奥で、御伽噺そのままに、不思議な生活を送っているミス・ラヴェンダーがいる・・・当時それは、美しいことばかりではないが故に、時に逃げ出したくなる現実の中で、帰ることのできる美しい場所、其処に戻れば、この色褪せた現実にも絵筆をおろす勇気がわいてくる・・・そんな場所のひとつでした。例えれば修道院のよう。同じ現実世界の中で、世俗をはなれ、日々祈りに身を捧げている人々がいる・・・美に徹した世界が、いまこの瞬間も確実に存在している事実があるだけで、厳かな気持ちになれます。

結婚の二文字は、ミス・ラヴェンダーという特異な人物に限ってはあまりにも現実的すぎ、御伽噺の世界をすり抜け、こちら側の身近な世界へやってきたように感じてしまったのです。ひとりきりの方がもっとずっとロマンチックで美しいのに・・・と。いやはや、なんとも勝手な言い分ですが、今も読み返す度にちいさく溜息をついてしまうのは何故かしら?

ミス・ラヴェンダーの造形の底流にあるのはおそらく、ディケンズ『大いなる遺産』に登場するミス・ハヴィシャム。こちらは「満足荘(サチス荘)」と呼ばれる古い館に美しく高慢な少女エステラと暮らしています。結婚式当日の朝、新郎から婚約破棄されて以来、何もかもその時のまま、時間をとめて(家中の時計も婚約破棄の手紙を受け取った9時20分前で止めて)色褪せたウェディング・ドレスをずっと着続けています。ミス・ラヴェンダーからミス・ハヴィシャムへ、理想の孤独像が移行したことは言うまでもありません。






憧れのミス・ハヴィシャム写真館



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透徹の美しさ持つ
シャーロット・ランプリングのミス・ハヴィシャムが
一番の理想!
(1999年、BBC制作のドラマより)
美貌以外は、着々と準備中・・・


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こっちもお化けみたいで素敵♪
ジーン・シモンズ演じるエステラの美しさといったら!
(1946年、デヴィット・リーン監督の映画より)


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室内には蜘蛛の巣が!


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アメリカに舞台を移し
ディンズムア夫人と名を変えたミス・ハヴィシャムも
ゴーーージャス!
(1998年、アルフォンソ・キュアロン監督の映画より)







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ご婦人の皆様をおもてなしした銀のスプーン群
控えめに華やぎを添えてくれました
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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....9

お帰りの際には
お茶席のひとときを封じ込めたCasketを
感謝を込めて手渡します

Casketは
文箱やお裁縫箱としてもお使い頂けます
ご婦人の皆様のお手元で
いつまでも大切にして頂けますように・・・


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お土産のCasketを入れたお手製Bag
水色の変わり水玉の表地、ビリジャンのシックなリボンを付けて
sawi slikses女史の制作です



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裏地は茶と白の幾何学模様
前回同様、リバーシブルになっています♪



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お土産のCasketの中にはお茶席のあれこれを詰めて・・・


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限定7部の蔵書票
ボンド街の「手袋とミントの葉」です♪








Essay
《フェティシズムと治癒》

Mistress Noohl



先のエッセイ《手袋とフェティシズム》で唐突に煎じ詰めた事項、思春期に芽生えた「皮膚を覆い尽くしたい、皮膚をくまなく隠したいという欲望」について補足的に書き記そうと思いたったところ、結果、自らの歴史を遡り長々と書き連ねることとなり、お読み下さる皆様にとりましては退屈きわまりないエッセイが仕立て上がりました。が、フェティシズムと治癒の問題は、創作活動において何よりも重要な主題ゆえ、まずは自分のために、書き留めておこうと思います。



美しい装身具や衣服はまた、弱った気持ちを治療してくれる、自分自身を外界から守ってくれる包帯のような存在でもありました(そのせいでしょうか? 幼いころの写真に、お気に入りのお洋服を着て、怪我をしたわけでもないのに手足に絆創膏をたくさん貼って撮ったものがいろいろあります)。

ある時期まで自分は男の子だと思っていたのですが(正確に描写すると、女の子だという認識はもちろんあるのですが、男の子の世界が好きであるならば、たとえ女の子であっても男の子になれると思っていたわけです)、そうじゃないとわかった混乱をひとまずおさめてくれたのも衣服でした。

幼いころは嗜好が男の子っぽくても不振がられませんが、小学校にも上がるころになると、男の子の世界観に執着するような行動はやんわりと咎められる対象になります(とある恥ずかしい事件を学校で起こしたりもして家族は赤面です)。しかし、ある時ふと、気づきます。

「女の子のお洋服を着れば女の子にみえる!
自分が実は男の子だということが誰にもばれない!」

……この理論構築は、大発見でした。そして、大きな救いでもありました。本当は、男の子が女装しているわけだけれど、それは誰にもわからない自分だけの秘密、しかも、困ったことに女装ってすごく楽しい!!!(ええ、とてつもなく面倒くさい子供でした) そんなわけで、屈折した少年時代、衣服のお陰でのびのびと、誰にも咎められずに女の子を満喫しながら男の子の世界観の構築に邁進できたわけです。

そうして女の子と男の子の領域をゆらゆらとしてきましたが、唯一思春期のころだけは、或るひとりの少女のお陰で女の子世界に没頭することができました(胸が詰まるほどに美しく、罪深い、鮮烈な日々でした)。しかしそれも束の間、少女との濃密な友情が翳りをみせつつあった或る夏の日、急に半袖の衣服が着用できなくなったのです。それは、女の子に没頭してしまったことへの反動だったのかもしれません。肌の露出、つまりは女の子の身体が露出していることに嫌悪感を感じるようになり、包帯でぐるぐる巻きにするように、夏でも長袖、タイツやブーツを履いたりして、皮膚を隠すことに夢中になりました(不思議なことに、親友の女の子もそうなりました)。

皮膚がくまなく覆われる安堵は冬の日の温かな室内にも似ています。そしてその安堵を正当化するためか、皮膚が隠される行為を大変美しいと思うようになってきました。このことは、いま思い返せば性別を越境するための、子供ながらの苦肉の策だったような気がします。性別を保留しながら受け入れる……決して転換したいわけではない(転換しても解決できるわけではない)ところに自分の悲劇があるのだ、と思い始めたのもこのころです、単に、性別が男の子になりたいわけではないのだ、と。

そして十代も半ばを過ぎたころ、はじめてセシル・ビートン卿のセルフ・ポートレートを見た時の衝撃。その時は何に衝撃を受けたのかすらもわからないほどでした。命を賭して求める男子の世界が此処にある……どこからどうみてもザ・ニッポンジン、モンゴロイドの素朴な容姿を棚上げした、泪をさそう確信。そうなのです、単に男の子になりたいわけじゃない、「美しい」男の子になりたい、美しくなければ、男の子になっても意味がない! ・・・大悲劇の開幕です。

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On the bridge st Wilsford, 1927(トリミングしています)
衝撃の一枚。左から2番目がセシル・ビートン卿
なかよし美青年Stephen Tennant(右から3番目)もいます



セシル・ビートンといえば・・・

The Smiths
当時、レコードで購入した
The Smithsの12インチシングル「心に茨を持つ少年」
ジャケットの若き日のトルーマン・カポーティは
セシル・ビートン撮影
The Smithsのジャケットは
繊細な少年のごとくどれもこれも美しかった

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「This Charming Man」のジャケットには
コクトーの映画『オルフェ』の美しいシーンが!


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こちらは映画『コレクター』で主人公フレディに扮した
テレンス・スタンプをジャケットに  と思いきや


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肖像権の問題か何かで発売停止になり
何を思ったか、モリッシー自身がフレディに扮して再発売
モリッシー、なかなかがんばっています♪



The Smithsをはじめ、Pet Shop Boys、Depeche mode、Jimmy Somervilleなどなど、英国(ゲイ)音楽を聴けば聴くほど、男の子魂がメラメラ燃えてきてむせび泣いたっけ。



閑話休題。

そして次第に、命を賭して求めるべきその美しき男子の内実は、英国紳士服の美学なのだと気づき(首もとから足先までぴっちり覆われています!)、あまりにも自分とは無縁の、永遠に到達できないシロモノであるという印籠をつきつけられ、絶望、の二文字をナイフで胸に刻みました(まずはニッポンジンであることを乗り越えねばならないだなんて! ……喜劇です)

例えばウィンザー公、ジェレミー・ブレッド扮するシャーロック・ホームズ、古い時代を題材にした英国映画やドラマで美しき紳士服姿を見るたび、普段は縫われていたこころの疵がぱっくりと割れ、底なしの深淵に吸い込まれそうになり、その絶望と、美しすぎる男達との狭間でいつも号泣してしまいます。

どうしてこんなにも、衣服をまとった姿が美しいのだろう。そこには至高のエレガンスがある。自分ではなく相手のために装うという気概、相手への敬意を表現するために何百年と心をくだいてきたやさしさの伝統、その厳格な礼儀作法の内側でこっそりと自身の美意識を熟成させるお茶目ぶり……控えめで深い精神性が、固く打ち込まれた生地の硬質な光沢となり、内側から輝いてくるようだ……嗚呼、なんという美しさであろう! その美は絶望的なまでに孤高、永遠にひとりっきりで宝石の刻面に立ちつくす騎士のようである……

このころから衣服は、歓びだけではなく、苦しみももたらすようになりました。しかし、この苦しみなくして美へ触れることはできないのです。美に触れるためなら苦しみも厭わない……それほどまでに件の美は鮮烈なのです。



美しすぎる男達写真館

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憧れのDuke of Windsor!(セシル・ビートン撮影・1937年)


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セシル・ビートン卿
エレガントという言葉は貴方のために・・・



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神々しいまでに美しい
ジェレミー・ブレット演じるシャーロック・ホームズ(とワトソン)
ホームズのトレードマークといえば
ツイードの鹿打ち帽とインバネスですが
これは本来カントリーサイドで着用する衣服、
ロンドンのような都市部では着用いたしません
グラナダTV版はそのあたり厳格で、ロンドンのホームズは常に
美しく端正なフロックコート姿(上写真)です


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カントリーサイドにて
(ふたりの友情も理想)


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ボジーそのまんまの、輝けるジュード・ロウ(1997年)
パールピンクの衣服が
ボジーの繊細と高慢をよりいっそう引き立てています



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グラナダTV版『Brideshead Revisited』(1981年)
吉田健一氏の名高い翻訳で知られる
イヴリン・ウォー『ブライヅヘッドふたたび』は
泪なくしては読めません
追憶の物語、貴族の没落、信仰、美しき男達の友情・・・
他に何がいりましょう?

熊の玩具「アロイシアス」を持つセバスチアン(貴族)とチャールス
アッパー・ミドルの役どころのジェレミー・アイアンズですが
あーたの方が貴族では?という美しさです♪


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『Brideshead Revisited』Audiobook(Cassette・1989年)
ジェレミー・アイアンズ朗読のカセットブック(完全版)
震えるほど美しい発音で、延々11時間半!
(現在はCDで発売されています)


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映画『Brideshead Revisited』(2008年)
(納得できない邦題『情愛と友情』でDVD化されています)

ヴェニスでのセバスチアン(左)とチャールス(右)
ベン・ウィショーはあまり好きな俳優さんではありませんが
セバスチアンの痛々しいまでの線の細さは必見
が、もっと、美青年に演じて欲しい役どころです・・・



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といいつつ、スタイルは抜群ですねー
アロイシアスとはいつも一緒♪



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映画『アナザー・カントリー』(1984年)
ジャド(コリン・ファース)とガイ(ルパート・エヴェレット)
人生を決定づけてしまった映画
いまだ、この映画を超えるものは出現していません



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舞台『アナザー・カントリー』で
コリン・ファースがガイを演じた時のポスター
若いですね♪
他にもダニエル・デイ=ルイスやケネス・ブラナーも同じ役を




先日も、心から敬愛する或る紳士服のお店で、英国老舗生地メーカーTaylor & Lodge社のミッドナイトブルーの生地を見せてもらったのですが、触れた途端、気絶しそうになりました。この底光りの硬質な感触……これこそ私の中の英国。なんというエレガンス! 原石のまま在り続ける宝石の矜恃のよう……古城に住まう美しき青年貴族の霊が確かに舞い降りてきました。(そしてもちろんその場で腹心の友に三揃えの注文指令を出しました。)

男という種族は、なんて幸せな種族なのだろう。こんなにも神々しい美意識をまとうことが許されている! ……美意識の崇高に陶酔するとともに、それ以上の絶望が身体を真っ二つにしました、嗚呼、この衣服を、未来永劫注文できる権利に与れないのだ!と。

宿命に立ち向かうべく、挑戦したこともあります。此処でも自分の容姿は棚上げにして、街に昔からあるテーラーに恐れ多くもボジーの写真を持ち込み、「これを作りたいです」と。ご当主のおじさんとのやりとりはウィットを通り越してドリフの世界。極上の、Harrisons of Edinburghの、スコットランドの曇り空のような、スモーキーライトブルーのアイリッシュ・リネンを取り寄せて、作りましたとも、ボジーのような三揃えを! ……老女になれば、逆に着こなせるかもしれません。いまは、鏡が処刑宣告を下しています。。。


ボジー
「これを作りたいです」

加えて、その上をゆく破廉恥な無謀を告白すれば、タージオの写真を添えて、作りましたとも、以下のセーラー服を! そして勇敢にも、箱根の富士屋ホテルで午餐しましたとも。

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「これを作りたいです」その2
よくみるとカラー部が比翼になっていて
その辺も正確に再現したことは小さな自慢ではありますが
結論としては、絶望的なまでに、玉砕


……いったい、女装が好きでなかったら、衣服へのフェティシズムがなければ、どんな風に日々をやり過ごしていたのでしょう……今はさすがに子供の頃のようなナイーヴな考えはありませんが、問題は未解決のまま。そっとしておくのがベストかもと、女の子に没頭できた思春期の追憶だけで生きられる、女装好きのMistress Noohlが日々のやりくりをしています(かえって事態を複雑にしているような気もしますが……)。

ヴィクトリア朝の美しいガウン、二十年代のフラッパー・ドレス、そして現代の聖なる詩人であるカール・ラガーフェルドやミウッチャ・プラダのお洋服や装身具があれば、何よりもそこに込められた詩人たちの美意識を知ることができるだけで幸せな気持ちになれます。それらは深い疵により添い、すっぽりと全身を包んで守り、少しずつ、癒えるはずのない疵を治癒してくれるのです。

つくづく、芸術と医学は同じなのだわ、と。その水脈を辿れば同じ泉に行き着く……こんこんとわき出る清冽な水は祈りの風景のごとくどこまでも澄みわたり、澄んだ水で入れた紅茶の一杯は、ささやかながらもやさしい物語を飲む人にもたらすに違いない……霧とリボンの一杯が、そんな風であったならと願っています。








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「手袋とミントの葉」追憶の頁.....10

心地よいMidsummerの夕暮れ・・・
妖精たちがこのお茶席を
揺り籠のようにそっと
揺すってくれたのかもしれません


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ご来店、本当にありがとうございました

再会と
まだ見ぬご婦人方との邂逅を夢見つつ・・・


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小さな空間に出現したあの濃密な世界が
ほんの数時間かぎりの命で、
すでにこの世界から消えていることが
ふしぎで、もったいなくて
夢のあとのように儚く感じます。

F女史より



家に帰り、
お土産にいただいた
美しい手袋のクッキーを食べながら、
麗しい時間と
終わってしまったお茶会の、
ほんの少しの切なさに
想いを 馳せております。

K女史より



ミントの小箱をそっとあけると、
あの“場”と“気”がたちのぼります。
あれは ゆめかうつつかまぼろしか・・・

T女史より








前回のお茶席の様子はこちらをどうぞ
→追憶、《霧とリボン》vol.1
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